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■東京新聞記事・中井久夫氏     vendredi 17 juin 2011 [■vie]

東京新聞6月17日朝刊「あの人に迫る」は精神科医の中井久夫氏であった。

阪神大震災のあとの中井氏の言説は、震災後の被災者の精神医療とともに医療に携わる側にまで総体化された視点に、医療が必要とさせられる社会そのものの現実が顕在化された。

中井先生の言う、災害の経験とともに災害後に始まる「第二の日常にもエネルギーがいる」という視点は、今現在その現実を生きている被災者の困難がどこまで持つか支援介入の緊急性が要求されている。ところが被害者の困難を解消すべき政府の支援の不備、遅れは、被災者一人ひとりの死を意味することがその政治には分かっていない。悲劇の重層化は政府の起こす犯罪なのだともいえよう。

中井さんの記事を読んでいて想起されたのは、立花隆さんのことである。中井さんは被災者への視点の他に、神戸の教訓は生きているのかという記者の質問に、
「現場に行ってないから分からないけど、ぼくの経験からして心配なのは……無名のリーダーたちです。神戸では若死にした人も少なくありません。リーダーたちにじわーっと緊張を解いて、と言いたいけれど、彼らにそのゆとりがある状況なのかは分からない。自分ができなかったことを人に言うのは禁じ手だからね」
と語っている。立花さんは「文藝春秋」5月号で、阪神大震災を体験した子どもたちの成長を「ポスト・トラウマテックグロウス=外傷後成長」と紹介し、子どもたちの受け答えを讃えていた。震災という「心的外傷後ストレス障害」から立派に成長して行くという無邪気な分析と、中井さんの対応一つひとつの差異が浮かび上がるようであった。
(「文藝春秋」6月号巻頭エッセイで立花さんが書いた、樋口一葉が使っていた井戸が住民の請求で取り壊されたという文章が虚偽であり、いまもその井戸があるという記事が「週刊新潮」に掲載された。今後ジャーナリストとして責を問われよう)

記事を書いた芦原千晶記者の、「老い」に関しては中井さんの言葉が鈍り、記事にするのは時期尚早と感じるので別稿に委ねるというメモには好感が持てる。東京新聞はこういう新聞造りをしているのか、ちょっと良い気分だ。


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