■「夕顔」「菊慈童」 dimanche 10 oct,2010 [■能狂言]
観世九皐会10月例会(神楽坂・矢来能楽堂)
能「夕顔」(シテ・鈴木啓吾)、「菊慈童」(シテ・遠藤六郎)
狂言「名取川」(シテ・野村万作)
能は二番とも季節のものであった。残念だったのは「菊慈童」のシテ遠藤六郎さんの舞が重い感じがしたことだ。高齢のこともあろう。先達に対し後輩のしなければならない作業があるようだ。
「名取川」は二つの名前をもらった僧が両袖に名前を書いて忘れないようにするが、名取川の深みで文字が消えてしまう。それを思い出すまでの野村万作師の所作が滑稽で愉快である。
終演後矢来の御老人が「源兵衛」に連れて行けとうるさい。またまた早慶戦の第1試合入場券ベンチ裏1列目指定券を所望して大勢の人を煩わせるのだった。老人は源兵衛の脇に廻ったりして、50年前の学生時代の記憶を辿っていたようだがなにも思い出せないようだった。そこで中原中也が2階に下宿していたのだという定番の話題をふったが、さして興味を示さなかった。
*1925年(大正14年) 18歳
3月、泰子と共に上京、豊多摩郡戸塚町(現新宿区)源兵衛195林方に下宿。早稲田を受験しようとしたが手続き上できない。(大岡昇平編 『中原中也詩集』 岩波文庫)
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