●謹賀新年 dimanche 6 janv.2008 [■vie]
年末年始房総の実家でのんびりしていました。
七十を越した両親は幸い未だ元気です。しかし、寄る年波は確実に老いを感じさせます。思考力、記憶力の衰えはみえませんが、長年の百姓仕事の蓄積で足腰の弱りが顕著で通院もしています。「老い」は切実です。
元旦、母と集落の共同墓地にお参りに行ったのですが、子供の頃お世話になったおじさんやおばさんの真新しい卒塔婆を見ると感傷的にならざるを得ません。よく父と飲んでいて常時赤ら顔だったおじさんが長生し天寿をまっとうしたことを聞くとなにか安堵するものでしたが、遊んでくれた二つ歳上の女の子の若くて綺麗だったお母さんが、昨秋進行性の癌で入院一月であっという間に亡くなったと聞いたときは、聊か熱いものが込み上げてきました。享年を聞くと意外にも六十をとうに越えた齢で、記憶の中にあるその人の若い姿からは想像できない御年でした。もちろん僕の母よりだいぶ若く、母も順番が違うと墓の周りの草を毟っていました。
放蕩の叔父さんがお年玉を与えて懐柔してきた中学一年生の甥も、今年は剣道の年越稽古だと大晦日にいそいそと出掛けて行ったり、別の金蔓を求めて右顧左眄しておりました。それでも叔父さんは威厳を保つため、吉野源三郎の『君たちはどう生きるか』を机の上に置いて来たのでした。 Sくん、本はたくさん読もうぜ。
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