■黒木和雄『紙屋悦子の青春』 mercredi 16 août 06 [■Cinéma et Musique]
『TOMORROW/明日』(1988)、『美しい夏キリシマ』(2003)、『父と暮せば』(2004)の黒木和雄監督の最後の作品となった『紙屋悦子の青春』を岩波ホールで観る。
登場人物は5人。沖縄戦を迎える終戦間際の春を描くのに一発の爆弾も落とされず、一機の戦闘機さえも描かれない。出来事は悦子の縁談と、兄の徴用、好意を寄せている明石少尉の特攻出撃である。淡々と昭和20年の鹿児島の家庭を描いている。
戦時色濃厚であり、この家庭にも戦争の影響は当然無いわけでなく、両親が東京大空襲に遭遇して亡くなった背景も説明される。しかし、夫婦のどこかユーモラスな会話や永与少尉の小さな失敗などが、却って昭和20年のリアルな日常を表出させている。
戦闘シーンの1コマも無い「戦争映画」となっているが、極めて誠実な反戦映画である。
翌朝特攻出撃する明石に対し、「お身体ご自愛ください」と言う悦子。あと数時間後には敵艦に突入している好意を寄せる男に、その瞬間に、身体を大事にせよと言わねばならぬ不条理。この映画のこの1シーンは、億の製作費をかけ、千のエキストラを動員し、耳を劈かんばかりの音量で火薬を炸裂させてみせる「戦争映画」の上空高く飛翔している。
翻って、大音量で恫喝する街宣車、殺された側の悲しみをまったく考慮しない首相、この作品はその愚劣を静かに、しかし強く糾弾する。
TBありがとう。そうですね、反戦の意志が、きちんと届くとともに、当時の庶民の姿が伝わってきましたね。
by kimion20002000 (2006-08-19 17:37)
拙文へのコメントありがとうございました。
この作品にふさわしい、静謐かつ誠実な文章を読ませていただきました。
このフィルムにただよう「ユーモア」が、とても好きです。
by syunpo (2006-09-30 10:18)